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Wien | 【公式】オーベルジュメソン|滋賀・何もしない贅沢を味わう籠れる宿

Story

滞在中の楽しみ方を、
周辺のスポットや季節のトピックを
交えてご紹介しています。

2021秋?ウイーン移住への記録 第30回

2021.08.26

オーベルジュメソンの経営を、
まったくの素人から夫婦で始めて19年が経ちます。
そんな僕たち夫婦が2021年夏、
ウイーンへ移住し、新たな仕事をはじめます。
この連載は、移住までの顛末を記録していきます。
「今の暮らしを変えたい!」なんていう希望をお持ちの方々に、
なにかのお役に立てればとリアルタイムに書いていきます。

 

ちなみに移住までは、夫婦ともメソンで仕事をしております。
その後のオーベルジュメソンの経営は、わたしたちの長女が引き継ぎます。
(このブログはあくまで夫の観点から書いていきます。
妻の観点は直接お聞きください・笑)

──────────────────────────────

 

前回のブログから3か月経ちました。

まだ、日本におります。

日本にいるってことは、事態は思うようにいかない状況で動いているっていうことです。

(概略のみ記載します)

 

前回のブログで書いたように、オーストリア政府当局から、

申請書類に追加して「こういう書類を提出してください」という要請を受けて、追加書類を提出。

申請結果は8週間以内、という規定なので、7月中には回答があるだろうと想像していました。

 

回答期限を間近にしたある日、僕の雇用を決定しているウイーンの会社へ、

オーストリアの雇用・労働を担当する部門から、書類が届いていると連絡があります。

 

内容を確認してもらうと、「6月9日に事情を聞くために呼び出したが、なんの返答もなかった。申請者の職業能力(職歴)をゼロと評価したので、申請に必要なポイントに足りない。したがって今回の申請は却下する」。

簡単にいえば、そんなことになります。

 

「?」

 

僕自身、代理人、会社。確認しましたが、だれも呼び出しを受け取っていません。

この結論に対して、「異議申し立て」が認められています。

代理人の方が、数日で「異議申し立て」を準備して、メールと郵送で当局へ。

10週間以内(9月末)に、それに対する審議が行われ、結論がでます。

 

このやり取りの中で、当局の担当者とメールアドレスが、わかりました。

それまでは、直接窓口に行って担当者とドイツ語あるいは英語で、意見表明をするしかないのだと思っていましたが、僕自身と会社側の意見表明がメールで直接できるチャンスができたわけです。

 

日本語で僕なりの意見を表明した文章を作り、ドイツ語訳していただいて、直接当局にメールを今日送りました。

 

以下は、ほぼドイツ語の全文です。

興味がおありでしたら、翻訳してみてください。

──────────────────────────────

Sehr geehrte Frau Suzanna 〇〇,sehr geehrter Herr Christian 〇〇,geehrte Frau Ingrid 〇〇,

Mein Name ist Hiroyuki 〇〇.
Ich bin der Antragsteller.

1.)
Wissen Sie wie groß die Einwohnerzahl Japans ist?
Sie beträgt ca. 120 Millionen.
 
Was die Einwohnerzahl betrifft ist Deutschland das größte Land Europas mit seinen 82 Millionen.
Die Einwohnerzahl Großbritanniens beträgt 66 Millionen,
Frankreich 65 Millionen, Italien 59 Millionen.
 
Und Österreich hat 8,7 Millionen Einwohner.
Ich möchte hiermit nicht sagen, dass man Länder nach der Größe der Einwohnerzahl beurteilen soll.
 
In einem so dicht besiedelten, von der Einwohnerzahl aus gesehen, großen Land, Japan, existieren über 50.000 Unterkünfte.
Die Unterkunft „Auberge Meson“, die ich seit der Gründung betrieben habe, und sie mit Sorgfalt „wachsen“ ließ, wurde kontinuierlich
in den vergangenen 6 Jahren auf TripAdviser, einer der weltgrößten Touristikwebsite als eine unter den fünfzehn hervorragenden Unterkünfte Japans ausgezeichnet.
https://www.meson-box.com/
(Ich bitte Sie, die Einzelheiten aus dem beigefügten „Work Experience“  zu entnehmen)
 
„Auberge Meson“ ist keine große Unterkunft. Die Mitarbeiterzahl beträgt insgesamt 10 Personen. Ich habe besonders großen Wert auf gute Betreuung unserer Gäste,
Verkauf von Waren, Reinigung, Gewinnung von Kunden aus der ganzen Welt, Markenmarketing und alles was für Unternehmensführung und Betrieb wichtig ist zum Erfolg geführt und die vorher genannte Leistung und Ergebnis hervorgebracht.
Ich habe auch eine Galerie, in der ausländische Gäste die Möglichkeit haben, mit der japanischen Kultur und Handwerkskunst in Berührung zu kommen.
 
In dieser Zeit der weltweiten Ausbreitung der Covid-19 Pandemie hat Auberge Meson ihre Beliebtheit bei den Gästen bewahren können. Die Zimmer sind fast immer ausgebucht.
 
Ich bin davon überzeugt, dass ich aus den genannten Gründen den Erwartungen der Firma REPLICART GmbH, die eine Person mit breitgefächerten Fähigkeiten sucht, entsprochen habe. Daher hat die Firma die Entscheidung getroffen, mich einzustellen. Es zeugt davon, dass sie in Österreich keine Person gefunden hat, die meine Fähigkeiten übersteigt.
Insofern ist es für mich unverständlich, weshalb ich für „Ausbildungsadäquate Berufserfahrung“ mit 0 Punkten beurteilt worden bin.
Auch ist es mir unklar, weshalb man versucht, die wertvolle Beschäftigungsmöglichkeit der Firma REPLICART GmbH, die mir angeboten wurde,zu verhindern.
 
Ich bin 57 Jahre alt.
Ich bin fest entschlossen, mit all meinen Erfahrungen, die ich bislang gesammelt habe, für den Tourismus und die Kultur Österreichs beizutragen.
Ich werde noch lange weiterarbeiten.
Ich werde auch viel verdienen und redlich Steuern zahlen.
Ich habe überhaupt nicht vor, auf Kosten der österreichischen Regierung zu leben.
 
Ich bin davon überzeugt, dass ich für Österreich nutzbringend sein werde.
 
Daher ersuche ich Sie von Herzen, positive Entscheidung für meinen Antrag auf Aufenthaltserlaubnis in Österreich zu fällen.
 
2.)
Ein Grund für den negativen Beschluss nannten Sie den Punkt:
 
„Sie wurden mittels Parteiengehör vom 09.06. 2021 über den Sachverhalt informiert.
Es erfolgte keine Reaktion Ihrerseits. Es war daher spruchgemäß zu entscheiden.“
 
Jedoch erhielten weder ich noch meine Vertreterin noch die Firma REPLICART GmbH diese Information.
 
Wenn Sie für die neue Beurteilung meiner Person Fragen haben, ersuche ich Sie, mir diese zu stellen und an diese E-Mail- Adresse zu schicken. Ich bin bereit, Ihnen meine Antwort sofort zukommen zu lassen.
 
Bitte lassen Sie mich alle unklaren Punkte wissen, damit ich sie bereinigen kann.
 
Da Sie mir keine Bewilligung auf Erteilung der Aufenthaltserlaubnis geben bin ich jetzt noch in Japan. Bitte haben Sie Verständnis dafür, dass es für mich schwer ist, kurzfristig zu einem bestimmten Zeitpunkt in einem Amt in Wien persönlich vorzusprechen.
 
 
Sobald Sie mir die Erlaubnis auf Aufenthalt in Österreich erteilen bin ich bereit, sofort nach Wien zu kommen.
 
Die Situation der Pandemie und die ansteigende Zahl der Infizierten in Japan erschwert uns die Reise ins Ausland. Zurzeit ist es zwar noch erlaubt, aus Japan kommend mit japanischem Reisepass für touristische Zwecke einzureisen, aber in absehbarer Zukunft werden möglicherweise Einreiseeinschränkungen erlassen, sodass nur jene mit gültiger Aufenthaltserlaubnis aus Japan einreisen dürfen.
 
In diesem Sinne ersuche ich Sie um Ihren baldigen positiven Beschluss auf die Erteilung der Aufenthaltserlaubnis.

Mit freundlichen Grüßen

Hiroyuki 〇〇

 

 

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2021夏。ウイーン移住への記録 第28回

2021.05.28

オーベルジュメソンの経営を、
まったくの素人から夫婦で始めて19年が経ちます。
そんな僕たち夫婦が2021年夏、
ウイーンへ移住し、新たな仕事をはじめます。
この連載は、移住までの顛末を記録していきます。
「今の暮らしを変えたい!」なんていう希望をお持ちの方々に、
なにかのお役に立てればとリアルタイムに書いていきます。

 

ちなみに移住までは、夫婦ともメソンで仕事をしております。
その後のオーベルジュメソンの経営は、わたしたちの長女が引き継ぎます。
(このブログはあくまで夫の観点から書いていきます。
妻の観点は直接お聞きください・笑)

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私たちの申請書類がウイーンに届いた翌日だったか、代理人の役の方から、連絡。

「出生証明書が見当たらない」と。

 

実は、オーストリア政府が求めている提出書類の中で、

日本ではそのものズバリがないものがあります。

「出生証明書」と「婚姻証明書」がそれ。

 

日本の公的機関で発行できるものでは、その2つともを、「戸籍謄本」で代替させるのが一般的なようですが、その形式を初めて見るオーストリア人はそれが「出生証明書」であると認識するにはハードルが高いのです。

 

以前の記事にも書きましたが、「戸籍謄本」はそのままオーストリアへ送ったわけではなく、日本の外務省の認証(アポスティーユ)をつけ、それをオーストリア政府公認の翻訳人によるドイツ語への翻訳を経て発行された、とても手間のかかった証明書です。

[

「それが日本では出生証明書です」と説明し、納得してもらいます。

 

あとで聞いたのですが、その頃ウイーンは強いロックダウン期間でしたから、申請窓口はクローズしており、申請書は郵送で窓口に贈られたようです。

ですから、そんな事情は伝わらないまま書類は申請窓口へ。

 

数日後、別のウイーン在住の方(申請書のある項目にサインをしていただいたのですが、ウイーン現地代理を私が務めますという項目だったようです。申請に携わった側はだれもそんなこととは知りませんでした。)のもとへ申請窓口から手紙が届きます。

①出生証明書がない。

②パスポートの表紙のコピーない。

③申請書に一か所本人のサインが足りない。

④過去半年間に海外への渡航歴はあるか?

上記を2週間以内に提出しなさい、という内容だったようです。

 

①に関しては、申請代理人の方のケースと同じです。

戸籍謄本は未婚の家族全員を証明するので、申請者個人を証明するべき書類とズレがあるといえなくもないのですが、

「婚姻証明」と兼任させたいという狙いも譲れません。

「戸籍抄本」を取り直し、同じ手続きをへて、ウイーンへ再び送るのは、できれば勘弁してほしい。

「日本にはこの形式の証明書しかない。日本大使館に確認をとってくれ」と強弁してほしいと依頼します。

 

②は、表紙のスキャンデータを現地へメール。

 

③は、日本でサインした原本をまたウイーンへいつ到着するのかあてもないまま送らないといけないのかと、ゾッとしましたが、申請用紙をプリントアウト、サインしたものをスキャンして、データを現地へメール。プリントアウトしたものを提出すればOKだという判断のようです。

申請者本人はウイーンにいないことは伝わっていたのだと思います。

 

④申請代理人が、ドイツ語で6か月以内に渡航歴はないという「宣誓書」をドイツ語で作成。データを受け取り、プリントアウト→サイン→スキャン→データをメールでウイーンへ。

 

補充の書類がすべてそろったので、昨日ウイーンから申請窓口あてに投函されました。

これでようやく正式審査開始となるのか?

 

着実に前進していますが、すでに6月が目前です。

 

 

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2021夏。ウイーン移住への記録 第27回

2021.05.14

オーベルジュメソンの経営を、
まったくの素人から夫婦で始めて19年が経ちます。
そんな僕たち夫婦が2021年夏、
ウイーンへ移住し、新たな仕事をはじめます。
この連載は、移住までの顛末を記録していきます。
「今の暮らしを変えたい!」なんていう希望をお持ちの方々に、
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ちなみに移住までは、夫婦ともメソンで仕事をしております。
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いやー、まだまだいろんなことが起きます。

 

前回、定住許可のための申請書類一式をウイーンへ発送したところまでを書きました。

発送したのは地元の郵便局から発送したのは、4月24日。

EMSという国際郵便で送ったのですが、公式サイトではオーストリアには3日で到着すると表示されています。(ちなみに送料は2,200円)

昨年末、同じEMSでドイツへ書類を送った時には、約束通り3日で届きました。

ですから送ったのちにもあまり不安を感じることはありませんでした。

 

ところが約1週間後、オーストリアから「まだ届かない」という知らせが入ります。

国内の宅配便のように、サイトでおおよその配送状況がつかめます。

下記の写真は、ウイーンの郵便局まで届いたところまで、表示されている追跡画面です。

上から見ていくと、確かに滋賀県の郵便局で4/24に「引受」。

関西国際空港の郵便局に4/25には「到着」「発送」。

たしかに、順調に日本を出たように見えますが、7日後の5/1に「ウイーンに届かない」という連絡が入ります。

驚いて、そこで初めて追跡を始めます。

4/25には日本を出ているのに、どこへいってしまったのか?

 

郵便局へ問い合わせます。

その電話の窓口では、「現在、ヨーロッパへ向かう航空便が極端に減便しているため、関空で順番待ちをしている状況だと思います」という回答です。状況をオーストリアへも伝えながら、もう少し様子を見てみようと。3日か5日か、様子をみましたが、まだ届きません。

 

行方不明になっている可能性もないことはないでしょうし、それならばもう一度書類を揃えなおして、もう一度送りなおす必要があるかもと、思い始めます。

 

もう一度揃えなおすにも、かなりエネルギーと時間がかかりそうです。

最も、難関そうなのは、ドイツ語・英語それぞれの合格証明です。

いずれも基本的には再発行を認めていません。

事情を伝えて、仮に再発行の手続きに入っても、証明書の発行はドイツ、イギリスの本国で行われている可能性があります。私たちが味わっている国際郵便の状況から、手元に届くのはいつのことになるのか、想像もできません。

 

再度郵便局に問い合わせをしますが、「コロナで……」などという一般論はいいので、正確に行方をつかんでほしいと依頼します。

折り返し連絡があり、今も関空にあると。ただすでに航空会社のコンテナの中で順番待ちの状況。郵便局側としては、コントロールもできないという回答です。関空にあるとはいえ、行方不明ではなさそうです。一安心ですが、それ以降も毎日何回も追跡画面を確認します。が、関空から動きはありません。

 

そこから数日、「届いた」という連絡もありませんから、また郵便局へ連絡。今度は「成田にある」と。大阪よりは、東京のほうが便が多いという判断なのでしょう。しかし、追跡画面には「関空」のままです。

 

状況が変わらないので、また2日後追跡を依頼。

「いまフランクフルトにあります!」5/11にはオーストリアの隣国であるドイツに。追跡画面にあるように、翌日ようやく5/12にウイーンへ到着です。

そして、今日宛先の人物に届きました。

 

国際郵便や貨物の状況を甘く見ていたのでしょうが、「3日後に届けます」という公約がありながら、届いたのは20日後。

とにかく届いてほっとしました。

 

ウイーンでの申請は半月遅れることになりますが、ようやく来週には申請窓口へ提出の予定です。

 

さて、次はどんな壁がやってくるのでしょう?

 

 

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2021夏。ウイーン移住への記録 第26回

2021.04.25

オーベルジュメソンの経営を、
まったくの素人から夫婦で始めて19年が経ちます。
そんな僕たち夫婦が2021年夏、
ウイーンへ移住し、新たな仕事をはじめます。
この連載は、移住までの顛末を記録していきます。
「今の暮らしを変えたい!」なんていう希望をお持ちの方々に、
なにかのお役に立てればとリアルタイムに書いていきます。

 

ちなみに移住までは、夫婦ともメソンで仕事をしております。
その後のオーベルジュメソンの経営は、わたしたちの長女が引き継ぎます。
(このブログはあくまで夫の観点から書いていきます。
妻の観点は直接お聞きください・笑)
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2021.04.24に、ようやく私たちの申請書類がほぼそろい、書類一式がウイーンへ旅立ちました。

ウイーンで、代理人役をつとめていただける人の元に届き、5月初旬にオーストリア当局へ提出される予定です。

 

最も厚い壁だった、私たちの仕事をどう見つけるか?についての情報が届いたのが昨年の4月。その情報をどう実現させ、定住許可申請に至れるのか、を必死に手繰りよせてきた1年でした。

 

今回送付したのは、
申請書
戸籍謄本
パスポート コピー
無犯罪証明書 原本(アポスティーユ付)
写真
Application letter
Work Experience
英語A2 合格証明書
ドイツ語A1 合格証明書
預金残高証明(英語)
大学卒業証明(英語)

 

妻用は、
申請書
戸籍謄本コピー
パスポートコピー
ドイツ語A1合格証明
預金残高証明(英語)
無犯罪証明書(アポスティーユ付)
写真

 

これ以外に、戸籍謄本(アポスティーユ付)をオーストリアの政府公認の翻訳人による翻訳は、直接ウイーンの申請代理人役を務めていただく方へ直送。ウイーンでの住居と健康保険に関わる証明は現地で手配済み。

 

あとは、申請窓口でどんな対応が出てくるのかで、すぐに対応できるように心構えをしておくということになります。

 

一つ一つの書類には、それぞれ長~い物語があります。

それを全部書くことが、このブログの使命ではありますが、

(それなりには書いてきました)

書いてないところは今後の気分に委ねます。

 

最近、直面した出来事を一つ。

ウイーン在住のオーストリア政府公認の翻訳者の方に、アポスティーユ付の戸籍謄本の翻訳を依頼しました。

素早い対応をいただける方で、原本をスキャンしたものをLINEでお送りするだけで、作業自体は進行いただけます。依頼内容や見積もり、翻訳原本の送付など、すべてがLINE、しかもすべて日本語でOKです。

依頼した仕事は完了します。

報酬の送金の段になって、私たちが日本の「マイナンバーカード」を保有しているかどうか、が決定的な役割を果たしているのが判明します。

日本から外国の口座へ送金するには、様々な方法があります。

ネットだけで済む方法もあり、中には当日の円/ユーロのレートよりも、送金手数料を含んでも送金額が低く済んでしまうサイトも存在します。(どうしてそんなサイトが存在するのかわかりませんが)

日本の銀行系のサイトは、レートが悪い上に、送金手数料が数千円かかります。

 

今回の翻訳の報酬は、約130ユーロ。現在は1ユーロ/130円程度ですから、16,000~17,000円程度の送金です。

とあるサイトで送金手続きを進めていくと、最後に送金元の数種類の本人確認書類の写真を送付することを求められます。

残念ながら、マイナンバーカードをつくってません。

これ以上すすめません。

これまではほとんど関心がありませんでしたが、すぐに発行手続き。

(スマホで完結できます)

サイトには、発行まで約1か月かかります、と。

翻訳者には、事情をつたえて送金を待ってもらいます。

そういえば、ウイーンで銀行口座をつくる際も、日本のマイナンバーカードの提示が求められるという、ブログを見たことがあります。

これがないと、国内よりも国外に対して、信用が得られないのかもしれません。

 

 

さて、今回の申請にあたって自分で作成した書類の一つに、「職務経歴書」(Work Experience)があります。日本では、外資系企業などへ応募する際に作成を求められるものです。

単に、自分が働いてきた会社の羅列ではなく、この会社ではこのポジションで、こういう仕事をして、こういう成果をあげ、こういう能力を身につけてきた。だから、あなたの会社の募集にぴったりなんだ。というアピールの場です。

 

これをなぜ政府に提出するのか?国内の雇用の機会を、国外の人間に奪われることを予防するためだといわれています。

 

つまり、申請者側からすれば、自分のような経歴・能力を持った人間は、オーストリアにはいないんだということをアピールする必要があるわけです。(企業の駐在員は別枠)

かなりハードルは高い。

 

すべての提出書類は、英語またはドイツ語での作成・翻訳が求められますから、英語で作成します。

日本でも外資系企業に機会が出てきているため、「職務経歴書 英語」などのワードで検索すると、アドバイスをくれるサイトがみつかります。

記載すべき項目は、

1 Personal Information(連絡先など個人の情報)
2 Sumally(要約)
3 Objectives(希望職種)
4 Work Experience(職務経歴)
5 Education(学歴)
6 Qualifications / Skills(資格/能力)

などと書かれれています。

決まったフォーマットがないとはいえ、参考になるものがないと書きだしづらいため、ちゃんと例文付きのフォーマットを準備してくれているサイトをみつけます。

今回は例文付きフォーマットを、自分の情報に書き換えていく方法で、書類をつくります。

A4枚で簡潔に、というアドバイスにしたがって、これだけのものです。

(これは最終的に提出したものではありません)

自分のやってきたことを、アピール用に変換しながら、日本語で文章をつくり、翻訳サイトで英語に変換。変換された英文が訴えたい内容になっていなければ、日本語を作り直す。そして、サポートチームに内容や、英語のレベルをチェックしてもらい、Letterを仕上げます。

 

さて、これらの書類は5月の初めに、オーストリア政府に提出されます。

その反応、結果はいかに。

 

 

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2021夏。ウイーン移住への記録 第25回

2021.04.08

オーベルジュメソンの経営を、
まったくの素人から夫婦で始めて19年が経ちます。
そんな僕たち夫婦が2021年夏、
ウイーンへ移住し、新たな仕事をはじめます。
この連載は、移住までの顛末を記録していきます。
「今の暮らしを変えたい!」なんていう希望をお持ちの方々に、
なにかのお役に立てればとリアルタイムに書いていきます。

 

ちなみに移住までは、夫婦ともメソンで仕事をしております。
その後のオーベルジュメソンの経営は、わたしたちの長女が引き継ぎます。
(このブログはあくまで夫の観点から書いていきます。
妻の観点は直接お聞きください・笑)
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ドイツ語検定の合格で、「定住許可申請の資格を得た」と書きましたが、

正確にはもう一つありました。

そのために滋賀県警本部を訪れます。

日本でいうと「無犯罪証明書」と呼ばれるもの。

こういう証明書の存在を知りませんでした。

これがないと必要最低限の申請書類がそろいません。

 

日本で犯罪歴があってもパスポートによる入国は認められるのでしょう。

しかし、それよりも長期の定住は認めないということなのだと思います。

 

申請書類を整え、滋賀県警本部へ。

案内されたのは、「鑑識課」。

指紋をとる必要からなのでしょうと、担当の女性はおっしゃっていました。

パスポートで本人確認を終えてから、指紋をとる機械ですべての指紋を採取されます。

(この指紋は照合後、すべて破棄されますという説明がありました)

この指紋を警察庁で照合されて、過去の犯罪歴と照合が行われるようです。

 

「無犯罪」という証明が、どんなレベルでおこなわれるのかわかりません。

これまで、妻も含め交通違反の経験はあり、

警察と無関係に生きてこられたわけではありません。

なんとなく、どきどきしながら結果を待つしかありません。

 

4日ほど後、「証明書ができました」という電話。

すぐに警察本部へ。

 

この証明書、用途は定住許可関連での用途がほとんどなので、

5か国語で証明されるもの。

日本語、英語、フランス語、スペイン語、ドイツ語で併記され、

厳封されて発行されます。

(封を開けたら、それで証明は無効になるので内容はわかりません)

定住許可の申請書類は、すべてドイツ語か英語に翻訳せよ、

という条件がありますが、この書類は翻訳の必要がなさそうです。

(でも、何が「証明」されているのかはわかりません)

 

受け取ってそのまま、郵便局へ。

私たちの申請書・戸籍謄本とともに、日本の外務省へ送ります。

 

定住申請の添付書類のためには、

自治体や警察が発行した書類でも、

さらに外務省の認証・アポスティーユというものが必要らしいのです。

 

さて、同時に進めているのは、ぼくの「大学卒業証明書」の申請。

大学のサイトを見ると、言語が日本語か英語かのチョイスができ、

英語をチョイスをして申請。

 

もう一つは、「婚姻証明書」。

これは、妻の申請に必要な書類なので、妻に情報収集を任せます。

申請書・戸籍謄本・パスポートを添付書類にして、メールを送信。

あて先は、在日オーストリア大使館。

「どうして僕たちの婚姻証明を、オーストリア政府が証明するのか?」と疑問を持っていましたが、

「これは、在オーストリア日本大使館の仕事です」と返信。(笑)

「どうして、僕たちの婚姻証明を在オーストリア日本大使館がするのか?」は、

不明のまま在オーストリア日本大使館へ再送信。

 

どうなることやら。

 

まだまだ、書類揃えは続きます。

 

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2021夏。ウイーン移住への記録 第24回

2021.04.01

オーベルジュメソンの経営を、
まったくの素人から夫婦で始めて19年が経ちます。
そんな僕たち夫婦が2021年夏、
ウイーンへ移住し、新たな仕事をはじめます。
この連載は、移住までの顛末を記録していきます。
「今の暮らしを変えたい!」なんていう希望をお持ちの方々に、
なにかのお役に立てればとリアルタイムに書いていきます。

 

ちなみに移住までは、夫婦ともメソンで仕事をしております。
その後のオーベルジュメソンの経営は、わたしたちの長女が引き継ぎます。
(このブログはあくまで夫の観点から書いていきます。
妻の観点は直接お聞きください・笑)
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今回から、タイトルの一部「春」を「夏」へ変更しました。

定住許可申請に必要なドイツ語の受験が、1か月伸ばさざるを得なかったこと。

当初、パスポート(滞在6か月まで)で、ウイーンへ入り、現地で申請というようなつもりでいたのですが、現在は申請の審査の期間が延びていて、「許可」が下りるまで日本にいた方がいいという、

ウイーン現地からのアドバイスもあって、当初計画より日本にいる期間を延ばした方がいいという判断からです。

 

さて、前回はドイツ語A1を受験したことまでを書きました。

2週間後の18時頃に、サイト上で結果発表。

この画像が結果です。

見にくいですが、「聞く」「読む」「書く」「話す」各25点満点で、合計100点中合格ラインは60点。

結果は81点で合格です。

「読む」「書く」は、それぞれ22~23点で、ほぼ満点。

「話す」も、会場を微笑みに包んだ想定外の言葉を発したぼくに(前回のブログ参照)、

約20点をつけてくれました。

英語のケンブリッジ検定の際にもそうしましたが、「話す」で試験官に稚拙ながら「自己アピール」を盛り込みました。

このドイツ語の試験では、自己紹介のなかで「どこに住んでいるのか」を話す必要があります。

「私は大津市に住んでいます」で正解ですが、そこにわざわざ「近い将来、ウイーンに住むつもりです」と付け加えました。「この検定は、ぼくの人生がかかっているんです」と伝えたかった。

それで、採点が左右されるのかどうかは定かではありません。

でも少しだけでも配慮してくれたらありがたい、という願いがそうさせるわけです。

「溺れる者は藁をもつかむ」です。

 

妻も、70点台で合格。

これで、夫婦そろって申請資格を得たことになります。

 

とにかく、この2か月はそれなりに仕事をしつつ、ドイツ語づけの日々でした。

ようやく申請書類の準備に入ります。

 

実は、まだ膨大な作業が必要です。

準備の最初に訪れたのは、滋賀県警本部。

 

なぜなのか?

この話の続きはまた次回で。

 

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2021春。ウイーン移住への記録 第23回

2021.03.20

オーベルジュメソンの経営を、
まったくの素人から夫婦で始めて18年が経ちます。
そんな僕たち夫婦が1年後の2021年夏、
ウイーンへ移住し、新たな仕事をはじめます。
この連載は、移住までの顛末を記録していきます。
「今の暮らしを変えたい!」なんていう希望をお持ちの方々に、
なにかのお役に立てればとリアルタイムに書いていきます。

 

ちなみに移住までは、夫婦ともメソンで仕事をしております。
その後のオーベルジュメソンの経営は、わたしたちの長女が引き継ぎます。
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妻の観点は直接お聞きください・笑)
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ドイツ語の検定が終わりました。

英語の時と同様、手ごたえは「よくわからない」(笑)。

ケンブリッジの英語検定の合格ラインは、正解率8割。

今回の「ゲーテインスティテュート」の合格ラインは、正解率6割。

その分、多少気が楽でしたが、検定まで約2か月でゼロからのスタートです。

 

スタートのころは、NHKのドイツ語講座などもみていましたが、

何も頭に入ってきません。

なにしろ単語がひとつもわからない状態ですから。

 

とにかく単語を頭に入れるところから始めます。

「ゲーテインスティテュート」A1に必要な単語リストは、

サイトからダウンロードできます。

詳細 – Goethe-Institut Japan

ただし、すべてドイツ語です(笑)。

数百ワードのリストですから、すべて翻訳する作業が必要です。

高校卒業程度の英語の単語力があれば、

こんなサイトが便利です。

単語とその例文、発音が、すべて英語と対比されています。

YouTube上の5時間弱の動画です。

ものすごい力作ですが、英語への翻訳が不正確だったり、

発音(翻訳もかもしれません)がコンピューター任せだったり、多少「粗さ」があります。

この動画を活用して、1か月ほどはひたすら単語を頭に入れ込む作業に没頭していました。

 

妻は、全単語リストが日本語訳されているサイトを見つけて、

ノートに書き込みながら覚えていました。

https://www.google.com/amp/s/www.learning-german.work/entry/german-a1-words-list%3Famp%3D1

 

「だいぶ単語が入ってきたかなぁ」というあたりで、

練習問題を解きだします。

私の場合は、「聞く」「読む」(あとは「書く」「話す」があります)に検定2週間前まで集中しました。

 

問題文ですら意味不明だったときからすると、

少し「何が問われているのか」程度は理解できていることを実感します。

ただし、「聞く」は目で見て覚えている単語と、

その単語の音が頭の中で結びついていないので、

音を聞いて、単語を特定できるまで、かなりの時間が必要でした。

 

ゲーテインスティテュートの公式サイトには、

3つほどの本番同様の練習問題が3つ準備されています。

練習問題 – Goethe-Institut Japan

Goethe

もちろん、これだけでは足りませんから、

問題集を2冊取り寄せました。

どちらもアマゾンで国内在庫があるようですので、

翌日には自宅に配送可能なようです。

それぞれ画像にアマゾンサイトへのリンクが張ってあります。

 

最初は問題を理解することすら一苦労ですが、

この2冊をやり終えれば、検定の合格ラインに近づいてきたことが実感できるのではないかと思います。

 

さらに、たくさんの練習問題を解くのには、

本当にYouTubeが役立ちます。

私がみつけた練習問題がたくさん準備されているところは、ここ。

https://youtube.com/user/ImmoPro1

https://youtube.com/c/Grenzenlosci

 

ほかにも問題集のようなものは、印刷物でもYouTube上でも存在します。

とにかく探すための検索は、日本語ではしないこと。

(日本人が受験した体験記やノウハウはでてきますが)

「Goethe A1」など、ドイツ語で検索しないと、試験対策に直接有効な情報はでてきません。

 

「書く」「話す」は検定2週間前から、準備に入りました。

「書く」は、「あなたは自分の誕生日パーティを開きます。〇〇さんを招待してください。いつどこで開くか、何を持ってきてほしいかを、30ワード程度でメールを書いてください」

なんていう問題です。

 

「話す」は、たとえば「買う」をテーマに任意のカードに書かれた「ジュース」などのような単語をつかって、「あなたはどこでジュースを買いますか?」という質問を、隣の受験生にして、質問された側は「私はいつもスーパーマーケットで買います」などという受け答えを2回。

もう一つは、任意の絵がかかれたカードを見て、「お願い」を隣の受験生にして、そのお願いに答えるという問題が2回。

 

実際の試験で私に回ってきた絵カードの一つは「請求書」でした。

ドイツ語で「Rechnung」。支払うでしたら「Zahlen」。

どちらもうろ覚えの単語で、本番でどちらも思い浮かびません。

「うーん」と悩みながらひねりだした文章は、

「Bitte geben Sie mir Ihr Geld !」(あなたのお金を私にください!)

隣の受験生は、

「Ja,ich gern!」(はい、よろこんで!)

試験官を含め、会場は微笑みに包まれていました。(笑)

 

結果の発表まで2週間程度のようです。

こんなことで受かっているのかどうか?

 

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2021春。ウイーン移住への記録 第22回

2021.02.25

オーベルジュメソンの経営を、
まったくの素人から夫婦で始めて18年が経ちます。
そんな僕たち夫婦が1年後の2021年春、
ウイーンへ移住し、開業することが決まりました。
この連載は、移住までの顛末を記録していきます。
「今の暮らしを変えたい!」なんていう希望をお持ちの方々に、
なにかのお役に立てればとリアルタイムに書いていきます。

 

ちなみに移住までは、夫婦ともメソンで仕事をしております。
その後のオーベルジュメソンの経営は、わたしたちの長女が引き継ぎます。
(このブログはあくまで夫の観点から書いていきます。
妻の観点は直接お聞きください・笑)
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しばらくブログから遠ざかっていましたが、
移住準備はゆっくりと進行しています。

 

8月に受験した英語の検定前から、
オーベルジュメソンは「Go Toトラベル」バブルともいえる状況が続いていました。
今年が明けるまで、文字通り一日も欠かすことなく満室状態。
1か月満室という経験はしたことがありましたが、
半年続く状態は経験したことがありません。

 

常勤メンバーだけでは、日々の仕事を回すことができないため、
非常勤のスタッフに協力してもらいながら、
予約の管理、清掃、接客など、日々の仕事に追われます。

 

2月に予定していたドイツ語受験の準備になかなか入れなかったのですが、
「Go Toトラベル」の中断とともに訪れた落着きを利用して、
3月受験に延期して、本格的な準備に入っています。

 

ドイツ語の学習を始めて、英語の受験も経験した私が実感したのは、
「基礎」になるものがあることのありがたさでしょうか。

 

中学・高校・大学と英語を勉強してきました。
「話せない。書けない」と日本の学校での英語教育は、
さんざんに批判されてきましたが、
ドイツ語とは違い、おそらく1000ワード程度は記憶に残っていました。
また、単語をどんな順番で並べれば、文章になるのかという、
「ルール」もなんとなく身についています。

 

英語教育から離れて30年以上になりますが、
「身体にしみついている」のでしょう。

 

しかし、ドイツ語は文字通りのゼロから。
英語を連想させる単語はありますが、ほとんどはオリジナル。(笑)
文法も違います。
(ちゃんと説明できるレベルにはありません!)

 

私たちが受験するレベルは、「CFER」(ヨーロッパ言語共通参照枠)の
最低レベルのA1。
それでも中学生程度の言語能力が問われます。
それを日本語を母国語とする日本人が、
3か月に満たない期間で合格しようとするわけです。

 

準備を始めてみて、その無謀さがわかります。

 

ここ数日で、「想定問題」を解きだしましたが、
「Lesen」(読解)は100点。
「Hören」(聞き取り)は40点。
それ以外に、「Schreiben」(筆記)、「Sprechen」(会話)のテストがあります。

 

トータル100点満点中、60点で合格。

妻にとっては、この合格が定住許可申請のための必要条件になります。
いつも前向きな彼女もプレッシャーで、
多少不安定になるときもある感じです。

 

そんな時に救世主のように現れたのがこれ。

 

 

オーストリア滞在記 (幻冬舎文庫) 中谷 美紀

 

 

ウイーンフィルのビオラ奏者と結婚し、
オーストリアへ移住した女優・中谷美紀さんの滞在日記。

 

これを読みながら、
目の前のハードルへのモチベーションを維持しているという感じです。

 

 

3月17日 東京・赤坂で、受験本番です。

 

一定の年齢になる私たちにとっては、
移住にはそれなりのハードルがあるものです。

 

(どんな方法で学習しているかは、続報します)

 

 

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2021春。ウイーン移住への記録 第21回

2020.11.06

オーベルジュメソンの経営を、
まったくの素人から夫婦で始めて18年が経ちます。
そんな僕たち夫婦が1年後の2021年春、
ウイーンへ移住し、開業することが決まりました。
この連載は、移住までの顛末を記録していきます。
「今の暮らしを変えたい!」なんていう希望をお持ちの方々に、
なにかのお役に立てればとリアルタイムに書いていきます。

ちなみに移住までは、夫婦ともメソンで仕事をしております。
その後のオーベルジュメソンの経営は、わたしたちの長女が引き継ぎます。
(このブログはあくまで夫の観点から書いていきます。
妻の観点は直接お聞きください・笑)
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「ケンブリッジ英語検定 A2」に合格してました。

これがネット上の試験結果です。

「Reading」「Writing」「Listening」「Speaking」の4科目。

それぞれ150点満点で、4科目平均120点で合格。私の場合は127点。かろうじて合格というところでしょうか。

試験結果を見て気づいたのですが、正解率が8割を超えないといけない、かなり高いハードルの試験だったわけです。

課題だったListeningは、120点を上回れませんでした。

試験対策期間2か月で、よく間に合ったと、ほっとしました。

 

日本国内で受験できる英語検定はいくつもありますが、各検定との比較表です。

A2のレベルは、日本の高校生2年生から3年生レベルといわれていますが、

今の英語の授業で、そのまま検定合格に結び付くのかどうかは不明です。

 

これで定住許可申請に必要な、「ポイント」をクリアしたことになります。(これまでの記述と矛盾していますが、その後情報が整理されてきています)

 

私たちは、オーストリア政府の「Rot-Weiß-Rot – Karte」 (赤白赤カード)制度の「その他のキーワーカー」という枠で、条件付き移住制度を利用する申請準備をしています。

この枠には、申請を受け付ける前に、2つの大きな条件があります。

①「オーストリア公共雇用サービス」が、オーストリア労働市場に申請対象の職務に就ける者がいないと判断すること。

②その上で、学歴・職歴・年齢・言語能力などで、一定のポイント数がある人物であること。

 

オーストリア政府は、オンラインでの「ポイント計算機」を準備しています。

(デフォルトでは、英語表示となります)

 

私の場合は、学歴で30ポイント、職業歴で20ポイント、英語で5ポイント。

合計55ポイントで、申請可能な最低必要ポイントにギリギリ到達しています。

(40歳以下であれば、「若い」というだけで、ポイントが上乗せされます!)

 

ウイーンとドイツ在住の、私たちにとっての「移住サポートチーム」に、

「英語検定が合格したので、ポイントが到達したので、申請したい」と伝えると、

「ポイントがギリギリだと、職歴などで減点された場合、申請資格を失うのでもう少しポイントを稼いだほうがいい」と。

 

私が、上乗せできる可能性があるのは、ワンランク上の英語検定か、

ドイツ語検定に合格する以外にありません。

 

ドイツ語圏に暮らすわけですから、「ここでの努力は決してムダにならない」と、

なんとか自分に言い聞かせて、ドイツ語の勉強を文字通りゼロから始めることになります。

 

妻の移住は、私の移住の許可がおりれば、その「家族枠」で申請するのですが、

唯一ドイツ語の資格が必要となります。

そのため、妻もドイツ語の検定合格が必要不可欠なのです。

 

日本国内の検定は、来年2月です。

約4か月で、間に合うか?

 

 

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2021春。ウイーン移住への記録 第20回

2020.09.28

オーベルジュメソンの経営を、
まったくの素人から夫婦で始めて18年が経ちます。
そんな僕たち夫婦が1年後の2021年春、
ウイーンへ移住し、開業することが決まりました。
この連載は、移住までの顛末を記録していきます。
「今の暮らしを変えたい!」なんていう希望をお持ちの方々に、
なにかのお役に立てればとリアルタイムに書いていきます。

ちなみに移住までは、夫婦ともメソンで仕事をしております。
その後のオーベルジュメソンの経営は、わたしたちの長女が引き継ぎます。
(このブログはあくまで夫の観点から書いていきます。
妻の観点は直接お聞きください・笑)
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さて、ケンブリッジ英語検定の受験日当日。

 

会場は、日本での実施団体である河合塾京都校。

自宅からもっとも近い会場です。

試験開始は14時からですが、お昼ご飯を直前に食べると試験中に眠くなりそうでしたから、

早めに京都入りして、11時にランチスタート。

14時までの間は、場所を移してコーヒーを飲みながら、

苦手なヒアリング用の音声をひたすら聞くことにしました。

(途中、意識が飛んでいた時間があったようです。おかげで頭がすっきりします)

 

さて、会場へ。

定員30人ほどの教室に入りますが、受験番号がはられた机は5つだけ。

この日のこのレベルの受験生は、5人だけのようです。

あとから残りの受験生が入ってきましたが、高校生か、浪人生か。

みんな10代の様相です。

先におじさん一人が座っているので、

みんな「会場をまちがえたんじゃないか?」と、一様に動揺します。

 

この受験生の少なさは、

日本でのケンブリッジ英語検定の不人気ぶりを表すのか、

実施時期のタイミングが外れているのか。

事情はよく分かりませんが、

試験監督や、会話試験の試験官の人件費すら賄えてないやんと、

余計な心配をしてしまいます。

 

さて、本番の試験内容ですが、

回答用紙はもちろん、試験用紙も事後にすべて回収です。

 

もちろん詳細は記憶にありませんが、

イギリスから取り寄せた3冊、あるいはネット上に存在していた模擬問題集は、

内容・テーマ・難易度など、本番の問題をよく分析されたものでした。

繰り返しやる意味があると実感しました。

 

なお、こうした問題集は1回1回答え合わせをするのではなく、

答えっぱなしのまま繰り返すと、

いつも新鮮に問題に向かえるというコツがあります。

 

さて、リーディング、ライティング、ヒアリングの3つの試験の後、

会話の試験が始まります。

 

番号順に2名づつ呼ばれ、別会場へ。

事前に試験本番の様子が録画された動画で見ていたように、

試験の進行役が1人、採点役が1人。受験生が2人の4人が会場にいます。

 

ちょっと驚いたのは、進行役の女性が日本人の名前を持つ日本人だったこと。

その女性が自身の自己紹介で、「My neme is Yamada Hanako」と名乗ったことです。

(もちろん名前は仮名です。覚えていません)

 

参考動画は、おそらくすべてイギリスで収録されたものなのでしょうが、

試験官はすべてネイティブなのではないかと、思っていました。

 

しかし日本人の試験官の姿をみて、やはりほっとします。

わずかなことですが、これが母国で外国語の試験を受けるメリットなのだと思います。

 

英語で、日本人がどう名乗るのか?

教科書通りなら「Hanako Yamada」でしょう。

その逆でもいいんだという議論は耳にしたことはありますが、

一応、教科書通りで心構えをしています。

 

ところが、試験官は「My neme is Yamada Hanako」。

その後「あなたのお名前は?」(英語で)と聞いてきます。

ぼくは、「えっ?」っと声に出してしまいました。

 

試験官は聞き取れなかったのかと判断したのでしょう、

「あなたのお名前は?」再度質問です。

ちょっと迷った上で、

「My neme is Suzuki Ichiro」と答えました。

(これも仮名です。もちろん本名を名乗りました)

 

もう一人の高校生は、同じ質問に

「My neme is Ichiro Suzuki」です。

 

このやり取り、採点担当者はどう聞いていたのでしょう?

 

さて、3つか4つ程度の試験官からの質問に答えます。

その後、受験生2人に同じ5つの絵が提示され、

それぞれに「好き嫌い」を表明し、それはどうしてかを伝えながら、

2人で会話してください、と言われます。

 

この形式は、ぼくたちの場合うまくいきませんでした。

どうしても、試験官にしゃべってしまい、

隣の高校生への質問や意見にならないのです。

また、彼が自信なさげにもぞもぞしゃべるので、

ほとんど聞き取れないのも要因です。

 

ですから、試験官が助け舟をだして、会話の進行を始めます。

 

この試験。どう評価されるのか、さっぱりわかりませんが、

とくかくよくしゃべれました。

直前の3~4日間程度の短い準備でしたが、

想定問題のテーマのすべてを、自分の仕事や生活に基づいて想定回答を英語でつくった上で望みました。

(短時間の独学でしたので、発音は切り捨てました)

実際の質問は、想定問題とは違うものが多かったのですが、

この訓練が役立ったといえます。

 

例えば、こんなことです。

「あなたは映画を見ることが、好きですか、嫌いですか。それはどうしてですか?」

「あなたは猫が好きですか、嫌いですか。それはどうしてですか?」

好きか嫌いかは、素直な気持ちですから、すぐに反応できるでしょう。

でも、「どうして映画を見ることが、好きなのか?」

「どうして猫が嫌いなのか?」という問いの答えは、

日常の生活の中で、普通会話になりませんから、ちょっと考えないといけない。

 

試験本番では、「ちょっと考える」という時間はありません。

考えていると「質問がわかっていない」と判断されてしまうからです。

 

さて、この検定試験は全体の7割の得点で、合格です。

発表は11月上旬。

手ごたえはどうだった?と聞かれますが、

「さっぱりわからない」と答えています。

これ、正直な感想です。

 

 

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