オーナーっぽくなくてもいいことにした
2026.07.06

両親から「オーナー」の肩書きを引き継いだのは、
4年前、おそらく25歳の頃でした。
重厚感がある建物で、丁寧に作られたお料理を出す
オーベルジュのオーナーとしては、
どこからどう見てもペーペーでへなちょこで、
出来るだけわたしがオーナーであることが
バレないほうが良いと思っていました。笑
いつもインスタグラムでは
「メソンのオーナーっぽい誰か」として
文章を書いていましたし、
自分の趣味でなくても、「メソンっぽいかな?」
という視点で物を買ったりしていました。
今でも「オーナー」という呼び方には全然慣れないのですが、
(「店主」のほうがしっくり来る)
「わたしらしさ」というものをもう少しメソンに滲ませて行っても良いのかもしれないと思っています。
きっかけとなったのは、ホテルプロデューサーの龍崎翔子さんのポッドキャストでした。
「人格が空間に宿るお店、店主の魂があるお店」に人は魅力を感じるのではないか、というお話をされていました。
Podcast「水星移住計画」 Ep.53
https://podcasts.apple.com/jp/podcast/%E6%B0%B4%E6%98%9F%E7%A7%BB%E4%BD%8F%E8%A8%88%E7%94%BB/id1687283370?i=1000717051536
私も自分が好きな店を思い返してみると
洗練されて隙のない空間よりも
店主の方の「好き」や「こだわり」が
細部まで詰まった場所に惹かれていることが多いことに気がつきました。
お客様がメソンのお部屋やライブラリーを
「良い」と思ってくださる理由の中には、
両親が一つ一つ選んできた「こだわり」を感じられる、
という部分も大きく関わっているのではないでしょうか。
その一方で、オーナーであるわたしが
「オーナーっぽい誰か」として
メソンのあらゆることを選択し続けていては、
「人格の宿る店」には到底ならないなと思うようになりました。
最近は、わたしが「好き」と思えるかどうかで、
物を選ぶようにしたり、
わたしが「良い」と感じることをプランにまとめたりするようになりました。
そして、今回ポッドキャストの該当回を聞き返して、
「消費されるに足る人格をどう養うか」というお話も思い出しました。
「人は何かを消費するとき、その裏にある人格を推しているのではないか」という仮説から、派生した言葉です。
まずは自分の生活がきちんとしていることから、「素敵だな」と思ってもらえる人格を養っていく、
その結果、その人格が宿る店も、選ばれる場所になっていくというお話でした。
わたし自身も、「素敵だな」と思える人の本を読んだりポッドキャストを聞いたり、
そして自分で足を運んで様々な経験を積み、いろんな人の話を聞いて、「わたしらしい」人格を育てていきたいと思います。
















