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Blog | 【公式】オーベルジュメソン|滋賀・何もしない贅沢を味わう籠れる宿 - Part 5

Blog

お料理について

2023.04.29

5/11から、モダンイタリアンへ。

 

オーベルジュメソンは創業以来、地元食材を大切にしたクラシカルなフレンチ「里山フレンチ」として、好評を得てきました。

1989年生まれの若きシェフを迎え、2023年5月11日から「里山イタリアン」として、新たな挑戦を始めます。

新シェフは、尾張徳川家御用達・名古屋最古の料亭で、また京都では、近代日本画の先駆者の旧私邸で、それぞれのレストラン部門を歴任。調理部門のトップも務めてきました。

その土地を代表する歴史と文化を、そして日本の四季と旬を、モダンイタリアンと融合させながら、料理を作りあげてきた経験をもちます。

そんな彼が「自分が生まれた土地・素材で料理をつくりたい」という思いからメソンと出会います。(ちなみに彼の実家は、メソンから車で10分ほどのところにあります!)

同級生が手掛ける自然野菜。土地勘を生かした山菜やたけのこ。琵琶湖の漁師とのつながりなど彼にしかできない、食材、との出会いがあります。

その一方、田舎の小さなオーベルジュだけでは作ることのできない、これまでの彼の経歴で培ってきた日本と世界の生産者たちとの広いネットワークも存在しています。

その両者を生かしながら、オーベルジュメソンの「おいしいこと」にこだわった、料理をこれまで通り提供し続けていきます。

 

下記のメニューを基本として、各グレードにふさわしいメニューをご準備させていただく予定です。

「地方×美味しい」の新しい表現

生産者との繋がりを活かし、旬の物を最も美味しい状態で手に入れる事が出来る生産地だからこそ味わえる極上のイタリアン。

コース1
前菜
・近江鴨のロースト
・近江野菜のバーニャカウダ
・鮮魚のマリネ 有機トマトのズッパ

パスタ
・牛テールのラグーソース 
ペコリーノロマーノ


・鮮魚と雲丹のグラチネ ビスクのソース

メイン
・近江牛サーロインのグリル 
 レフォールとマルサラのサルサ
または
・鹿肉のロースト アドベリーのソース

本日のデザート

オーベルジュメソンは、これまで以上に、皆様のご期待に応える料理を提供してまいります。
ご期待ください。

雪への備えをお願いします

2022.12.03

例年12月後半から2月前半にかけて、オーベルジュメソンの位置するエリアは積雪があります。

 

今年は暖冬と言われていますが、どこかのタイミングでは大雪になると予想しています。

 

そのタイミングがいつになるかは分かりません。

予報は変化する可能性もございますが、

ご宿泊日前日・当日・翌日に、「滋賀県北部」に「雪マーク」が表示されている場合は、

以下の対応をご検討ください。

 

  • ■お車でのご来館予定のお客様

 スノータイヤの装着、あるいはチェーンのご持参、ロードサービスへのご加入をお勧めいたします。

 状況をみて、直前に電車移動へご変更も可能です。ご相談ください。

 

  • ■電車でご来館予定のお客様

 到着時刻をお知らせいただければ、駅からメソンまで送迎いたします。

 当日のJRの運行情報をお客様ご自身でもご確認ください。

 送迎希望の方が多数の場合、駅でお待たせする可能性がありますこと、ご了承ください。 

 

  • ■念のため、ご出発前に雪の状況をメソンまでお問い合わせください。

 

なお、こちらからのお断りの連絡をする場合を除いて、

 

「キャンセル料の免除」や、

「無料での日程変更」のご要望は、お受けしておりません。

通常通りのキャンセル料が発生いたします。

キャンセルポリシーはこちらからご覧ください。

ご利用ガイド

慎重にご対応いただければ、毎年みなさま問題なくご利用いただいております。

安心・安全なご旅行のための、ご準備をお願いいたします。

 

———–

【全国旅行支援ご予約受付中!】

11月27日〜12月26日まで、滋賀県のお宿がお得にご利用いただける「今こそ滋賀を旅しよう!」が実施されています。
※公式サイトからのご予約限定です。

詳しくはこちらのお知らせ及び全国旅行支援公式サイトをご覧ください!

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ご予約はこちらから。

 

プランを見る→Stay Plan

お部屋を見る→Rooms

お料理を見る→Meal&Restaurant

オーベルジュメソン スタッフ募集中

2022.04.07

料理長の募集は終了しました。

比良の森の中に静かに佇む隠れ家のような宿。それがオーベルジュメソン。

 

周りにあるのは、季節の移ろいを感じさせる美しい樹木たち。鳥のさえずりや心地よい葉ずれの音。そんな自然豊かな環境と、アメリカ人クラフトマンが組み上げた重厚な建物を味わってもらおうと、開業以来ずっと “何もしない贅沢” という旅のスタイルを提案してきました。

 

オーナーの渡辺さんご夫妻がメソンを始めて今年で20年目。ご夫婦は縁あってウィーンへ移住することが決まり、新オーナーを引き継いだのは長女の風香さん。

これからのメソンをどうしていくか。地域の中でどんな価値を生み出していくか。

新しいチームで未来を創っていくため、料理長候補、経営・店舗運営マネージャー、宿泊施設・レストランのサービススタッフなど、新生メソンのコアメンバーとなる人材を募集しています。

 


優雅なひとときを提供するオーベルジュとして

大津駅周辺から車で約30分。バイパスを通って比良ランプで下りると、目の前に雄大な琵琶湖が広がり、思わず「うわぁ!」と声をあげそうになる。そこからさらに比良の森の中へ入って行くと、もともと別荘地だったエリアだけあって樹木の間に素敵なお家が点在している。

 

なかでもひときわ目を惹く、おしゃれなエントランスゲートを発見。ここが1日5組限定のオーベルジュメソン。オーベルジュとはフランス語で「料理が自慢のホテル」「宿泊施設を備えたレストラン」という意味。その土地ならではの食材を使った美食に舌鼓を打ち、ゆったりとした時間を過ごせるのが魅力だ。

迎えてくださったのは、オーナーご夫婦と長女の風香さん。まるで遠い異国を訪れたような、重厚でクラシカルな雰囲気のレルトランルームで、まずはメソンの歴史についてお伺いした。

ご主人「もともと私たちは京都に住んでいたのですが、子どもが生まれてからもっと自然豊かなところに住みたいと思い、このあたりで土地探しをしていました。その時に迷い込んだのがこの建物だったんです。ここはもともとアメリカから資材を輸入してアメリカ人のクラフトマンが建てた本格的なログハウスで、初代オーナーは中国人、2代目オーナーはアメリカ人女性と日本人男性のご夫婦でした。

初代オーナーの頃から宿泊施設でしたが、私たちが2代目オーナーと出会った頃にはなかば休眠状態。前オーナーから「君たちここをやってみないか?」と声をかけてもらったのがきっかけです。

私はそれまで会社員、妻は歯科衛生士で、自営業の経験も宿泊業や飲食業の経験もありませんでした。でも自分の住むこの地域で自立したいという思いはあったので、ここを買い取り、再スタートさせようとしたのが今からちょうど20年前です」

 

今でこそ、北比良には定住されているお家やおしゃれなお店もあるが、当時は閑散とした別荘地。家は数えるくらいしかなく、お店は皆無。営業しているのはメソンだけだった。そんな状態だったから、ここを買うと決めた時、周囲の人たちからは「やめたほうがいい」という反対意見がほとんどだったという。

 

奥さま「でもね、この建物の雰囲気がすごくいいでしょう。自分たちもとても気に入って、個人の所有物にしてしまうより、たくさんの人が出入りできるオープンな場所にしてあげないと、と思ったんです」

 

ただ、この建物を買ったはいいが、使い道まで考えていなかった。さまざまな案を考えた結果、ウエディングから始めることにした。

 

奥さま「2代目オーナーのお手伝いをされていたスタッフさんがウエディングをするならサポートしますよと言ってくださって、できるかどうかわからないけどやってみようと。それでまずブライダルフェアを開催したら、けっこうな組数のカップルが見学に来てくださって、次の春にウエディングする方も5組決まった。それなら素人料理ではなく、プロの料理人がいるねということでシェフを雇って本格的にスタートしました」

 

ご主人「メソンという名前は前オーナーから引き継いだものですが、それまではオーベルジュと名乗っていませんでした。でもウエディングを始めて、シェフを雇ってレストランも営業することになってから、私たちが目指すのはこれかもと気づき、オーベルジュを名乗るようになったんです」

 

 

比良というエリアで育まれた感性

「オーベルジュメソン」と名乗り、目指す方向性は定まった。しかし先ほども言った通り、当時この周辺には何もなかった。琵琶湖バレイも白鬚神社やメタセコイア並木も今みたいに観光客がこぞって訪れる場所ではなかったのだ。

 

ご主人「じゃあどうしたらわざわざここに来てもらえるか。まずは美味しい料理がなによりも大切。そしてここで過ごすことを目的にするような旅のスタイルを創り上げるために、客室を一つひとつリニューアルしていきました。またライブラリーを作ったり、コーヒーメーカーやCD/DVDプレイヤーを置いたりして、ここでゆっくり過ごすことができる仕掛けを考えてきたわけです」

美味しい料理を食べて、ゆったりと贅沢なひとときを過ごす。まさにオーベルジュのスタイルを追い求め、この20年間エネルギーを注ぎ込んできたという。

そして「ウエディング」と「オーベルジュスタイルの宿」という事業の2本柱がしっかり安定してきた頃、観光雑誌に「比良」が特集されたり、「かんじる比良」というイベントが開催されたりと、地域にも少しずつ集客力がついてくるようになった。今では比良や近江舞子一帯が関西から近いリゾート地として観光客に注目され、移住者の憧れの地にもなっている。

ご主人「紆余曲折がありながらも、初代オーナーの時代から今まで40年以上メソンが存在し続けてきたことはこの地域にとって何らかの影響力があっただろうし、私たちは地域に支えられながら経営できていることに感謝しています。今はエリア自体の魅力も高くなってきて、移り住んでくる人たちも素敵な人たちが多いですし、とてもいい状態になっていると思いますね」

 

何もしない贅沢を味わう、籠もれる宿

 

一通りメソンの歴史と現状をお聞きした上で、今度は風香さんに客室を案内してもらうことに。

まず初めは、本館2階にある和モダンスタイルのスーペリアルーム。

こちらは天然木の温もりを活かした洋風のリビングに、市松模様が美しい琉球畳の和室を組み合わせた設えで、肩肘張らずゆったりと寛げそう。

 

お次は、森に包まれた完全独立型のコテージ「比良別邸」。重厚感あふれるログハウスに、センスのよいインテリアや家具が配され、ここに住んでみたいと思うくらいの心地よさ。大きな窓から眺める緑は絵画のようでもあり、心癒やされる風景になっている。

 

そして次に案内していただいたのは、同じく森の中に佇む「ログコテージ」。驚くほど大きな丸太に、本物の石の意匠が印象的な建物だ。ロフトもあり、2世帯でご利用されるお客様も多いとか。

 

最後は、「本館ハナレ」へ。こちらは本館内にありながら専用玄関が用意され、プライベートな私邸の雰囲気が感じられる。「向かい合う部屋」をコンセプトに大きなテーブルも設けられ、上質な料亭に来たよう。コースは里山フレンチだが、この部屋では日本酒を頼まれるお客様が多いというのも納得だ。

 

スタッフにも心地よく働いてもらいたい

 

さて、ここまでの話でメソンがどんな場所かわかっていただけただろうか。

ここからが本題。「メソンで働くこと」について着目してみよう。今回の募集は、料理長候補から経営・店舗運営マネージャー、宿泊施設・レストランのサービススタッフまで幅広いが、現在はどんなスタッフさんが働いておられるのか聞いてみた。

 

ご主人「常勤の方もパートさんもいらっしゃいます。ほとんどがメソンから半径5キロ圏内に住んでおられる地元の方ですね。今回も半径5キロ以内の方に来てほしいとまで言いませんが、この比良エリアの価値みたいなものを理解されている方がいいなと思っています」

 

なるほど。お客様と接する上で、このエリアの魅力を知っているというのは強みになるだろう。

勤務時間や働き方はどんな感じですか?

 

奥さま「常勤の方は朝食からチェックアウト、ベッドメイキングまでしてお昼休憩を取り、チェックインまで担当する早番と、チェックインから夕食までを担当する遅番がいます。パートさんは一人ひとりご都合のいい時間帯に来てもらっていますね」

 

ご主人「料理長は現在1名で、朝食も夕食もウエディングもすべてやってもらっています。でもそれは現料理長の希望でそうしているので、彼が退職した後、新しく入られる方はまたその方の希望・力量によって働き方は変わってくると思います。2人体制になるのもかまいません」

働き方はその人の希望や適性によって臨機応変に。1日5組のこぢんまりした宿だからこそ、一人ひとりの希望に沿いやすいのかもしれない。またメソンが週休2日だというのも特筆すべきポイントだ。

 

ご主人「宿泊業ってどうしても長時間労働になりがちで、休みにくいイメージがあると思うんです。そこで私たちは3~4年前から営業日を週5日にしました。これには選択肢が2つあって、1つはスタッフを増やして365日営業にする。もう1つはスタッフを少数精鋭にして営業日を減らす。私たちは後者を選んだわけです。それは私たちの想いをしっかりスタッフに共有したいのと、心地よく仕事をしてもらいたいから。だから冬休みも2週間きっちり取ってもらい、海外などに出かけてリフレッシュできるようにしているんですよ」

 

メソンには、「高いレベルの仕事をするためにはスタッフ自身がいつも気分よく、リフレッシュしていることが大切」という思いがある。確かに、客室はとてもきれいに清掃され、髪の毛1本落ちていなかった。森の中にあるのに敷地内はきちんと手入れされ、庭を楽しめるようになっていた。調理や接客もきっと素晴らしいんだろうなとたやすく想像することができた。

 

事実、世界最大級の旅行プラットフォームであるトリップアドバイザーでは、2013年から2019年までの6年間、小規模ホテル部門・ファミリー部門・ベストサービス部門といったいくつのカテゴリーで日本のトップ20にランクインしてきた。メソンの考える“高いレベルの仕事”はしっかりとお客様にも評価されているのである。

ご主人「旅には必ず主催者がいるんです。その人が一緒に旅しようと声をかけるのは、その人にとって大切な存在。そして漠然と、いい時間が過ごせたらいいなぁと思って来られる。そこで私たちがいい時間を過ごしていただくために何ができるかというと、お客様を常に“快”の状態にし続けること。美味しい料理、きれいな客室、丁寧な接客、快適な設備…。もしどれかが少しでも欠けたら不快じゃないですか。だから、どの仕事も高いレベルで維持し続けることが、私たちにとって重要なんです」

 

奥さま「黒子に徹しながら、旅の主催者が考えるいい旅ができるようにサポートする。それが私たちの仕事ということです」

しかし、オーナーが思う“高いレベル”と、スタッフが思う“高いレベル”は違うかもしれない。

それを一致させるために社員教育をされることは?

 

奥さま「特別なことはしていません。コロナ禍の前にはみんなで食事することもありましたけど。どちらかというと私たちが教育するより、お客様がスタッフを育ててくださるんです。うちではお客様ごとのカードを作っていて、そこにスタッフが引き出したお客様の情報を書いています。また各客室に置いたノートには、お客様が自由に感想を書いてくださっています。そういうダイレクトな声から、お客様に喜んでいただいた成功体験を積み重ね、励みにしているのだと思いますね」

 

これからも時代に合わせてアップデートを

 

ところで、2020年4月にメソンを引き継いだ新オーナーの風香さんは今後についてどう思っているのだろう。また20年もの間、ご両親の仕事を間近で見てきて、どんな思いを抱いていたのだろうか。

 

風香さん「もともとメソンを継ごうと前向きに考えていたわけではありません。でも不思議とイヤだとも思っていなかったんです。それは両親が私から見ると楽しそうに働いていたからですね。それで大学在学中の20歳の時、両親から「メソンを継いでほしい」と手紙を渡されたのをきっかけに、卒業後ここで働くことを決め、今に至ります。最近になって妹の優夢(ゆめ)もいっしょに仕事をしています。

私はここで生まれ育ったので、以前は価値を全く見出していませんでした。ただの田舎だと思っていたんです。でもスタッフとして働くようになって、お客様から「ここは本当にいいところですね」という感想をいただくことが多くて。そうなんだな~って(笑)、少しずつ比良という場所やメソンの価値に気づき始めたんですよ」

 

これからのメソンの展望はありますか?

 

風香さん「今は目の前のお客様が喜んでくださるのが一番で、まだ展望のようなものは考えられていません。でも両親が時代に合わせてメソンを成長させてきたように、私もこれからのメソンを創っていきたい。一人では無理なので、新しく入ってくれるスタッフみんなと一緒にメソンを盛り上げていけたらいいですね」

 

ちなみに、「メソン」とは英語で「中間子」という意味がある。これは紀元前・ギリシャのアリストテレスの倫理学で、徳の中心になる概念として「中庸」を挙げたことが語源となっているらしい。かたよることなく、調和がとれている「中庸」をもっと端的にいうならば、「良く生きるために大切なこと」とも言い換えられるだろう。

 

比良の中間にある宿として、これからも地域とともにあり続けるオーベルジュメソン。ここには旅行者にとっても、働く人にとっても良く生きるために大切なことが詰まっている。自分らしく誇りを持って働きたい方、新しいメソンを一緒に創っていきたい方、地域に貢献したい方にぜひ注目してもらいたい。

 

 

(2021/7/13 取材 和泉華織)

 


 

 

《オーナーから一言》

 

おいしい料理、ゆったりとした時間、居心地のいい空間。
さらなる高みを、一緒につくり上げられる人たちと仕事ができることを願っています。

オーベルジュメソン(有限会社 森の生活)
代表 渡辺風香

 

募集職種・雇用形態・給与

 

  • 料理長候補 正社員 募集は終了しました。

※1名 2023年春 料理長に就任いただきます。料理は和・洋を問いません。
料理長就任まで、必ずしもメソンで働いたいただく必要はありません。(応相談)
年俸制 力量に応じて300万円から600万円程度(支給実績あり)
年棒の1/12を月々支給します。
定期の賞与はありませんが、業績に応じて臨時賞与あり(支給実績あり)

 

(2) 経営・店舗運営マネージャー 雇用形態は自由

※若干名
オーナーの全般的なサポート業務
宿泊・ウエディング・レストランの運営に必要な仕事全般
マーケティング・ブランディング・デザイン(店舗・グラフィック・WEB)・WEB制作・ウエディングプランナーなどの経験者優遇

上記の職務を一人で賄えなくても構いません。

雇用形態も、正社員・パート・アルバイト・外注(業務委託)など、

募集いただく側の希望職種と希望勤務時間などに柔軟に対応します。
正社員の場合、年俸制240万円から(可能な職種の幅と力量に応じて考慮します。)
年棒の1/12を月々支給します。
定期の賞与はありませんが、業績に応じて臨時賞与あり(支給実績あり)

 

(3) 宿泊施設・レストランのサービススタッフ、客室の清掃業務

パート・アルバイトなど。
時給1,000円から(一定レベルに達するまでの試用期間あり)

勤務地

滋賀県大津市北比良1039-45

待遇・福利厚生
・業績に応じて昇給実績あり
・社会保険(健康・厚生・雇用・労災)
・通勤手当(上限 月10,000円)

休日・休暇
週休二日制
冬季休暇(連続10日程度の実績あり)

 

選考プロセス

まずは、職歴のわかる書類を添付の上、渡辺風香宛てにメールでコンタクトください。
info@meson-box.com

料理長候補・マネージャーの選考の際には、希望の職種に応じた実技試験があります。

<第6回>ながらくご無沙汰をしておりました。

2022.01.19

ながらくご無沙汰をしておりました。

『一緒に学ぶ ワインの愉しさ』を

この度、不定期ながら再開させていただくことになりました。

どうぞよろしくお願いします♪

しばらくはオーストリアのワインについてご紹介させていただくつもりでいます。 

兼ねてより興味がありましたワイナリーを、日本にオーストリアのガブリエル グラスをご紹介された清水 博之さんにお誘いいただき訪ねる機会に恵まれました。

その目的地であるWINZER FAMILIE GRGOR  SCHUPはオーストリアの首都ウィーンより南へ車で約30分、電車で行くと1時間ほどのところにありました。

まずはぶどう畑を案内していただきました。

訪問したのが11月末とあって、葡萄の木はほぼ裸ん坊でしたが、古代2,000年前のローマ時代より存在した広大なぶどう畑について語ってくれた6代目のGregor

彼は瞳をきらきらさせながら案内してくれました。

弱冠26歳の彼は、10年先にこの地にこれからの作り手や若い人たちの為のワインスクールを作りたいのだとか。

今年コロナが落ち着けば、日本にも市場を求めて行く予定だと言っていました。

若いながら次の担い手として、しっかりとしたビジョンを持つ彼に私は感服いたしました♬

日照時間や気温、場所柄に恵まれたこの土地では、シャルドネ、ピノ ノワール、カベルネ ソーヴィニョン、シラー、そしてオーストリア固有品種であるロードギップラー、ゲルバー ムスカテラなどが家族の手を中心として栽培されています。

 

 

貯蔵庫に移動してタンクや樽の管理などを見せていただき、キリッと冷えたRoseccoという弱発泡性のワインを試飲させていただきました。

もう、この子のお持ち帰りは心の中で即決定‼︎ 

このワインはスクリューキャップなのですが、内側に特殊な加工が施されていてギュッと締めると数日は泡がもつようになっているのだとか。

ワインの作られる工程などをドイツ語からわかりやすく通訳してくださるのは、今回お誘いいただいたウィーン在住の清水さんの奥様であるルイーゼさん。

このお二人、大好きです!

そして、皆さんに是非、是非ご紹介したいのがホイリゲなるもの♬

これは、また次回に改めてじっくりご紹介させてくださいね!

それでは皆さま、今年もよろしくお願いします。

私は、明るい春がもうそこまでやって来ているように思えてなりません〜♪

 

2021秋?ウイーン移住への記録 第30回

2021.08.26

オーベルジュメソンの経営を、
まったくの素人から夫婦で始めて19年が経ちます。
そんな僕たち夫婦が2021年夏、
ウイーンへ移住し、新たな仕事をはじめます。
この連載は、移住までの顛末を記録していきます。
「今の暮らしを変えたい!」なんていう希望をお持ちの方々に、
なにかのお役に立てればとリアルタイムに書いていきます。

 

ちなみに移住までは、夫婦ともメソンで仕事をしております。
その後のオーベルジュメソンの経営は、わたしたちの長女が引き継ぎます。
(このブログはあくまで夫の観点から書いていきます。
妻の観点は直接お聞きください・笑)

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前回のブログから3か月経ちました。

まだ、日本におります。

日本にいるってことは、事態は思うようにいかない状況で動いているっていうことです。

(概略のみ記載します)

 

前回のブログで書いたように、オーストリア政府当局から、

申請書類に追加して「こういう書類を提出してください」という要請を受けて、追加書類を提出。

申請結果は8週間以内、という規定なので、7月中には回答があるだろうと想像していました。

 

回答期限を間近にしたある日、僕の雇用を決定しているウイーンの会社へ、

オーストリアの雇用・労働を担当する部門から、書類が届いていると連絡があります。

 

内容を確認してもらうと、「6月9日に事情を聞くために呼び出したが、なんの返答もなかった。申請者の職業能力(職歴)をゼロと評価したので、申請に必要なポイントに足りない。したがって今回の申請は却下する」。

簡単にいえば、そんなことになります。

 

「?」

 

僕自身、代理人、会社。確認しましたが、だれも呼び出しを受け取っていません。

この結論に対して、「異議申し立て」が認められています。

代理人の方が、数日で「異議申し立て」を準備して、メールと郵送で当局へ。

10週間以内(9月末)に、それに対する審議が行われ、結論がでます。

 

このやり取りの中で、当局の担当者とメールアドレスが、わかりました。

それまでは、直接窓口に行って担当者とドイツ語あるいは英語で、意見表明をするしかないのだと思っていましたが、僕自身と会社側の意見表明がメールで直接できるチャンスができたわけです。

 

日本語で僕なりの意見を表明した文章を作り、ドイツ語訳していただいて、直接当局にメールを今日送りました。

 

以下は、ほぼドイツ語の全文です。

興味がおありでしたら、翻訳してみてください。

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Sehr geehrte Frau Suzanna 〇〇,sehr geehrter Herr Christian 〇〇,geehrte Frau Ingrid 〇〇,

Mein Name ist Hiroyuki 〇〇.
Ich bin der Antragsteller.

1.)
Wissen Sie wie groß die Einwohnerzahl Japans ist?
Sie beträgt ca. 120 Millionen.
 
Was die Einwohnerzahl betrifft ist Deutschland das größte Land Europas mit seinen 82 Millionen.
Die Einwohnerzahl Großbritanniens beträgt 66 Millionen,
Frankreich 65 Millionen, Italien 59 Millionen.
 
Und Österreich hat 8,7 Millionen Einwohner.
Ich möchte hiermit nicht sagen, dass man Länder nach der Größe der Einwohnerzahl beurteilen soll.
 
In einem so dicht besiedelten, von der Einwohnerzahl aus gesehen, großen Land, Japan, existieren über 50.000 Unterkünfte.
Die Unterkunft „Auberge Meson“, die ich seit der Gründung betrieben habe, und sie mit Sorgfalt „wachsen“ ließ, wurde kontinuierlich
in den vergangenen 6 Jahren auf TripAdviser, einer der weltgrößten Touristikwebsite als eine unter den fünfzehn hervorragenden Unterkünfte Japans ausgezeichnet.
https://www.meson-box.com/
(Ich bitte Sie, die Einzelheiten aus dem beigefügten „Work Experience“  zu entnehmen)
 
„Auberge Meson“ ist keine große Unterkunft. Die Mitarbeiterzahl beträgt insgesamt 10 Personen. Ich habe besonders großen Wert auf gute Betreuung unserer Gäste,
Verkauf von Waren, Reinigung, Gewinnung von Kunden aus der ganzen Welt, Markenmarketing und alles was für Unternehmensführung und Betrieb wichtig ist zum Erfolg geführt und die vorher genannte Leistung und Ergebnis hervorgebracht.
Ich habe auch eine Galerie, in der ausländische Gäste die Möglichkeit haben, mit der japanischen Kultur und Handwerkskunst in Berührung zu kommen.
 
In dieser Zeit der weltweiten Ausbreitung der Covid-19 Pandemie hat Auberge Meson ihre Beliebtheit bei den Gästen bewahren können. Die Zimmer sind fast immer ausgebucht.
 
Ich bin davon überzeugt, dass ich aus den genannten Gründen den Erwartungen der Firma REPLICART GmbH, die eine Person mit breitgefächerten Fähigkeiten sucht, entsprochen habe. Daher hat die Firma die Entscheidung getroffen, mich einzustellen. Es zeugt davon, dass sie in Österreich keine Person gefunden hat, die meine Fähigkeiten übersteigt.
Insofern ist es für mich unverständlich, weshalb ich für „Ausbildungsadäquate Berufserfahrung“ mit 0 Punkten beurteilt worden bin.
Auch ist es mir unklar, weshalb man versucht, die wertvolle Beschäftigungsmöglichkeit der Firma REPLICART GmbH, die mir angeboten wurde,zu verhindern.
 
Ich bin 57 Jahre alt.
Ich bin fest entschlossen, mit all meinen Erfahrungen, die ich bislang gesammelt habe, für den Tourismus und die Kultur Österreichs beizutragen.
Ich werde noch lange weiterarbeiten.
Ich werde auch viel verdienen und redlich Steuern zahlen.
Ich habe überhaupt nicht vor, auf Kosten der österreichischen Regierung zu leben.
 
Ich bin davon überzeugt, dass ich für Österreich nutzbringend sein werde.
 
Daher ersuche ich Sie von Herzen, positive Entscheidung für meinen Antrag auf Aufenthaltserlaubnis in Österreich zu fällen.
 
2.)
Ein Grund für den negativen Beschluss nannten Sie den Punkt:
 
„Sie wurden mittels Parteiengehör vom 09.06. 2021 über den Sachverhalt informiert.
Es erfolgte keine Reaktion Ihrerseits. Es war daher spruchgemäß zu entscheiden.“
 
Jedoch erhielten weder ich noch meine Vertreterin noch die Firma REPLICART GmbH diese Information.
 
Wenn Sie für die neue Beurteilung meiner Person Fragen haben, ersuche ich Sie, mir diese zu stellen und an diese E-Mail- Adresse zu schicken. Ich bin bereit, Ihnen meine Antwort sofort zukommen zu lassen.
 
Bitte lassen Sie mich alle unklaren Punkte wissen, damit ich sie bereinigen kann.
 
Da Sie mir keine Bewilligung auf Erteilung der Aufenthaltserlaubnis geben bin ich jetzt noch in Japan. Bitte haben Sie Verständnis dafür, dass es für mich schwer ist, kurzfristig zu einem bestimmten Zeitpunkt in einem Amt in Wien persönlich vorzusprechen.
 
 
Sobald Sie mir die Erlaubnis auf Aufenthalt in Österreich erteilen bin ich bereit, sofort nach Wien zu kommen.
 
Die Situation der Pandemie und die ansteigende Zahl der Infizierten in Japan erschwert uns die Reise ins Ausland. Zurzeit ist es zwar noch erlaubt, aus Japan kommend mit japanischem Reisepass für touristische Zwecke einzureisen, aber in absehbarer Zukunft werden möglicherweise Einreiseeinschränkungen erlassen, sodass nur jene mit gültiger Aufenthaltserlaubnis aus Japan einreisen dürfen.
 
In diesem Sinne ersuche ich Sie um Ihren baldigen positiven Beschluss auf die Erteilung der Aufenthaltserlaubnis.

Mit freundlichen Grüßen

Hiroyuki 〇〇

 

 

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ホスピタリティには心がある

2021.08.16

 

「ホテル・リッツにみるホスピタリティ序論―ホスピタリティとサービスの関連について―」※という短い論文を読みました。

 

そこでは、「サービス」と「ホスピタリティ」の違いについて述べられています。

「サービス」は「サーバント=召使い」と同じ語源を持ち、一方、「ホスピタリティ」は「ホスト=主人」と同じ語源を持つそうです。

 

以下は本文の引用です。

 

”サービスの基本的な意味は、奴隷または召使としてマスターに仕えることであり、ホスピタリティの基本的な意味は、ホストとしてゲストを温かくもてなすことである。 言うまでもなく、温かくもてなすためには、温かいもてなしの心がなければいけない。 すなわち、ホスピタリティは心の状態を前提としているのである。”

 

より良いお宿を目指すために、勉強をさせてもらおうと、最近、少しグレードの高いホテルに泊まりました。そこで私は、「サービスに本質がない」という感想を持ちました。

これは、どれだけ質の高いサービスを提供していても、そこに「心」が存在していなければ、無意味になってしまう場合もあるということなのだと、この論文を読んで改めて感じました。

 

例えば、お客様にパンのお代わりについて、ご希望があればご提供するのがサービスです。

一方で、私たちは、食事の終盤や2回目のお代わりの際、最後のお料理までおいしく召し上がっていただくために、「次のお料理のボリュームを確認いただいてから、お伺いします。」と伝えることがあります。これはホスピタリティの一つなのかもしれないと感じました。

 

お客様の人数が変更になるというのはよくあることです。そのご連絡の中で、「息子が一緒に来られることになって」と伺うと、一緒に来られるご両親の気持ちを考えると私も嬉しくなりますし、「友人に急遽仕事が入って」と伺うと、一緒に来られなかったお客様と同じ気持ちで、私も残念に思います。

 

売り上げの増減を抜きにして、お客様が増えることや減ることに、喜びや悲しみを感じるのは、そこに心があり、私がホストとしてゲストをお迎えする姿勢を持つことができているからではないかと思いました。

 

今のお盆の時期のように、忙しい毎日が続くと、そんな「心」を忘れて、効率を重視してしまいそうになることがあります。しかしながら、「サービスはホスピタリティの中にある」

とこの論文では述べられています。つまり、ホスピタリティのないサービスは本来ありえないのです。

そのことを忘れず、日々お客様をお迎えしたいと思います。

 

 

 

※2001年、土 居 守「ホテル・リッツにみるホスピタリティ序論―ホスピタリティとサービスの関連について―」http://jslrs.jp/journal/pdf/45-1.pdf

2021夏。ウイーン移住への記録 第28回

2021.05.28

オーベルジュメソンの経営を、
まったくの素人から夫婦で始めて19年が経ちます。
そんな僕たち夫婦が2021年夏、
ウイーンへ移住し、新たな仕事をはじめます。
この連載は、移住までの顛末を記録していきます。
「今の暮らしを変えたい!」なんていう希望をお持ちの方々に、
なにかのお役に立てればとリアルタイムに書いていきます。

 

ちなみに移住までは、夫婦ともメソンで仕事をしております。
その後のオーベルジュメソンの経営は、わたしたちの長女が引き継ぎます。
(このブログはあくまで夫の観点から書いていきます。
妻の観点は直接お聞きください・笑)

──────────────────────────────

私たちの申請書類がウイーンに届いた翌日だったか、代理人の役の方から、連絡。

「出生証明書が見当たらない」と。

 

実は、オーストリア政府が求めている提出書類の中で、

日本ではそのものズバリがないものがあります。

「出生証明書」と「婚姻証明書」がそれ。

 

日本の公的機関で発行できるものでは、その2つともを、「戸籍謄本」で代替させるのが一般的なようですが、その形式を初めて見るオーストリア人はそれが「出生証明書」であると認識するにはハードルが高いのです。

 

以前の記事にも書きましたが、「戸籍謄本」はそのままオーストリアへ送ったわけではなく、日本の外務省の認証(アポスティーユ)をつけ、それをオーストリア政府公認の翻訳人によるドイツ語への翻訳を経て発行された、とても手間のかかった証明書です。

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「それが日本では出生証明書です」と説明し、納得してもらいます。

 

あとで聞いたのですが、その頃ウイーンは強いロックダウン期間でしたから、申請窓口はクローズしており、申請書は郵送で窓口に贈られたようです。

ですから、そんな事情は伝わらないまま書類は申請窓口へ。

 

数日後、別のウイーン在住の方(申請書のある項目にサインをしていただいたのですが、ウイーン現地代理を私が務めますという項目だったようです。申請に携わった側はだれもそんなこととは知りませんでした。)のもとへ申請窓口から手紙が届きます。

①出生証明書がない。

②パスポートの表紙のコピーない。

③申請書に一か所本人のサインが足りない。

④過去半年間に海外への渡航歴はあるか?

上記を2週間以内に提出しなさい、という内容だったようです。

 

①に関しては、申請代理人の方のケースと同じです。

戸籍謄本は未婚の家族全員を証明するので、申請者個人を証明するべき書類とズレがあるといえなくもないのですが、

「婚姻証明」と兼任させたいという狙いも譲れません。

「戸籍抄本」を取り直し、同じ手続きをへて、ウイーンへ再び送るのは、できれば勘弁してほしい。

「日本にはこの形式の証明書しかない。日本大使館に確認をとってくれ」と強弁してほしいと依頼します。

 

②は、表紙のスキャンデータを現地へメール。

 

③は、日本でサインした原本をまたウイーンへいつ到着するのかあてもないまま送らないといけないのかと、ゾッとしましたが、申請用紙をプリントアウト、サインしたものをスキャンして、データを現地へメール。プリントアウトしたものを提出すればOKだという判断のようです。

申請者本人はウイーンにいないことは伝わっていたのだと思います。

 

④申請代理人が、ドイツ語で6か月以内に渡航歴はないという「宣誓書」をドイツ語で作成。データを受け取り、プリントアウト→サイン→スキャン→データをメールでウイーンへ。

 

補充の書類がすべてそろったので、昨日ウイーンから申請窓口あてに投函されました。

これでようやく正式審査開始となるのか?

 

着実に前進していますが、すでに6月が目前です。

 

 

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2021夏。ウイーン移住への記録 第27回

2021.05.14

オーベルジュメソンの経営を、
まったくの素人から夫婦で始めて19年が経ちます。
そんな僕たち夫婦が2021年夏、
ウイーンへ移住し、新たな仕事をはじめます。
この連載は、移住までの顛末を記録していきます。
「今の暮らしを変えたい!」なんていう希望をお持ちの方々に、
なにかのお役に立てればとリアルタイムに書いていきます。

 

ちなみに移住までは、夫婦ともメソンで仕事をしております。
その後のオーベルジュメソンの経営は、わたしたちの長女が引き継ぎます。
(このブログはあくまで夫の観点から書いていきます。
妻の観点は直接お聞きください・笑)

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いやー、まだまだいろんなことが起きます。

 

前回、定住許可のための申請書類一式をウイーンへ発送したところまでを書きました。

発送したのは地元の郵便局から発送したのは、4月24日。

EMSという国際郵便で送ったのですが、公式サイトではオーストリアには3日で到着すると表示されています。(ちなみに送料は2,200円)

昨年末、同じEMSでドイツへ書類を送った時には、約束通り3日で届きました。

ですから送ったのちにもあまり不安を感じることはありませんでした。

 

ところが約1週間後、オーストリアから「まだ届かない」という知らせが入ります。

国内の宅配便のように、サイトでおおよその配送状況がつかめます。

下記の写真は、ウイーンの郵便局まで届いたところまで、表示されている追跡画面です。

上から見ていくと、確かに滋賀県の郵便局で4/24に「引受」。

関西国際空港の郵便局に4/25には「到着」「発送」。

たしかに、順調に日本を出たように見えますが、7日後の5/1に「ウイーンに届かない」という連絡が入ります。

驚いて、そこで初めて追跡を始めます。

4/25には日本を出ているのに、どこへいってしまったのか?

 

郵便局へ問い合わせます。

その電話の窓口では、「現在、ヨーロッパへ向かう航空便が極端に減便しているため、関空で順番待ちをしている状況だと思います」という回答です。状況をオーストリアへも伝えながら、もう少し様子を見てみようと。3日か5日か、様子をみましたが、まだ届きません。

 

行方不明になっている可能性もないことはないでしょうし、それならばもう一度書類を揃えなおして、もう一度送りなおす必要があるかもと、思い始めます。

 

もう一度揃えなおすにも、かなりエネルギーと時間がかかりそうです。

最も、難関そうなのは、ドイツ語・英語それぞれの合格証明です。

いずれも基本的には再発行を認めていません。

事情を伝えて、仮に再発行の手続きに入っても、証明書の発行はドイツ、イギリスの本国で行われている可能性があります。私たちが味わっている国際郵便の状況から、手元に届くのはいつのことになるのか、想像もできません。

 

再度郵便局に問い合わせをしますが、「コロナで……」などという一般論はいいので、正確に行方をつかんでほしいと依頼します。

折り返し連絡があり、今も関空にあると。ただすでに航空会社のコンテナの中で順番待ちの状況。郵便局側としては、コントロールもできないという回答です。関空にあるとはいえ、行方不明ではなさそうです。一安心ですが、それ以降も毎日何回も追跡画面を確認します。が、関空から動きはありません。

 

そこから数日、「届いた」という連絡もありませんから、また郵便局へ連絡。今度は「成田にある」と。大阪よりは、東京のほうが便が多いという判断なのでしょう。しかし、追跡画面には「関空」のままです。

 

状況が変わらないので、また2日後追跡を依頼。

「いまフランクフルトにあります!」5/11にはオーストリアの隣国であるドイツに。追跡画面にあるように、翌日ようやく5/12にウイーンへ到着です。

そして、今日宛先の人物に届きました。

 

国際郵便や貨物の状況を甘く見ていたのでしょうが、「3日後に届けます」という公約がありながら、届いたのは20日後。

とにかく届いてほっとしました。

 

ウイーンでの申請は半月遅れることになりますが、ようやく来週には申請窓口へ提出の予定です。

 

さて、次はどんな壁がやってくるのでしょう?

 

 

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2021夏。ウイーン移住への記録 第26回

2021.04.25

オーベルジュメソンの経営を、
まったくの素人から夫婦で始めて19年が経ちます。
そんな僕たち夫婦が2021年夏、
ウイーンへ移住し、新たな仕事をはじめます。
この連載は、移住までの顛末を記録していきます。
「今の暮らしを変えたい!」なんていう希望をお持ちの方々に、
なにかのお役に立てればとリアルタイムに書いていきます。

 

ちなみに移住までは、夫婦ともメソンで仕事をしております。
その後のオーベルジュメソンの経営は、わたしたちの長女が引き継ぎます。
(このブログはあくまで夫の観点から書いていきます。
妻の観点は直接お聞きください・笑)
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2021.04.24に、ようやく私たちの申請書類がほぼそろい、書類一式がウイーンへ旅立ちました。

ウイーンで、代理人役をつとめていただける人の元に届き、5月初旬にオーストリア当局へ提出される予定です。

 

最も厚い壁だった、私たちの仕事をどう見つけるか?についての情報が届いたのが昨年の4月。その情報をどう実現させ、定住許可申請に至れるのか、を必死に手繰りよせてきた1年でした。

 

今回送付したのは、
申請書
戸籍謄本
パスポート コピー
無犯罪証明書 原本(アポスティーユ付)
写真
Application letter
Work Experience
英語A2 合格証明書
ドイツ語A1 合格証明書
預金残高証明(英語)
大学卒業証明(英語)

 

妻用は、
申請書
戸籍謄本コピー
パスポートコピー
ドイツ語A1合格証明
預金残高証明(英語)
無犯罪証明書(アポスティーユ付)
写真

 

これ以外に、戸籍謄本(アポスティーユ付)をオーストリアの政府公認の翻訳人による翻訳は、直接ウイーンの申請代理人役を務めていただく方へ直送。ウイーンでの住居と健康保険に関わる証明は現地で手配済み。

 

あとは、申請窓口でどんな対応が出てくるのかで、すぐに対応できるように心構えをしておくということになります。

 

一つ一つの書類には、それぞれ長~い物語があります。

それを全部書くことが、このブログの使命ではありますが、

(それなりには書いてきました)

書いてないところは今後の気分に委ねます。

 

最近、直面した出来事を一つ。

ウイーン在住のオーストリア政府公認の翻訳者の方に、アポスティーユ付の戸籍謄本の翻訳を依頼しました。

素早い対応をいただける方で、原本をスキャンしたものをLINEでお送りするだけで、作業自体は進行いただけます。依頼内容や見積もり、翻訳原本の送付など、すべてがLINE、しかもすべて日本語でOKです。

依頼した仕事は完了します。

報酬の送金の段になって、私たちが日本の「マイナンバーカード」を保有しているかどうか、が決定的な役割を果たしているのが判明します。

日本から外国の口座へ送金するには、様々な方法があります。

ネットだけで済む方法もあり、中には当日の円/ユーロのレートよりも、送金手数料を含んでも送金額が低く済んでしまうサイトも存在します。(どうしてそんなサイトが存在するのかわかりませんが)

日本の銀行系のサイトは、レートが悪い上に、送金手数料が数千円かかります。

 

今回の翻訳の報酬は、約130ユーロ。現在は1ユーロ/130円程度ですから、16,000~17,000円程度の送金です。

とあるサイトで送金手続きを進めていくと、最後に送金元の数種類の本人確認書類の写真を送付することを求められます。

残念ながら、マイナンバーカードをつくってません。

これ以上すすめません。

これまではほとんど関心がありませんでしたが、すぐに発行手続き。

(スマホで完結できます)

サイトには、発行まで約1か月かかります、と。

翻訳者には、事情をつたえて送金を待ってもらいます。

そういえば、ウイーンで銀行口座をつくる際も、日本のマイナンバーカードの提示が求められるという、ブログを見たことがあります。

これがないと、国内よりも国外に対して、信用が得られないのかもしれません。

 

 

さて、今回の申請にあたって自分で作成した書類の一つに、「職務経歴書」(Work Experience)があります。日本では、外資系企業などへ応募する際に作成を求められるものです。

単に、自分が働いてきた会社の羅列ではなく、この会社ではこのポジションで、こういう仕事をして、こういう成果をあげ、こういう能力を身につけてきた。だから、あなたの会社の募集にぴったりなんだ。というアピールの場です。

 

これをなぜ政府に提出するのか?国内の雇用の機会を、国外の人間に奪われることを予防するためだといわれています。

 

つまり、申請者側からすれば、自分のような経歴・能力を持った人間は、オーストリアにはいないんだということをアピールする必要があるわけです。(企業の駐在員は別枠)

かなりハードルは高い。

 

すべての提出書類は、英語またはドイツ語での作成・翻訳が求められますから、英語で作成します。

日本でも外資系企業に機会が出てきているため、「職務経歴書 英語」などのワードで検索すると、アドバイスをくれるサイトがみつかります。

記載すべき項目は、

1 Personal Information(連絡先など個人の情報)
2 Sumally(要約)
3 Objectives(希望職種)
4 Work Experience(職務経歴)
5 Education(学歴)
6 Qualifications / Skills(資格/能力)

などと書かれれています。

決まったフォーマットがないとはいえ、参考になるものがないと書きだしづらいため、ちゃんと例文付きのフォーマットを準備してくれているサイトをみつけます。

今回は例文付きフォーマットを、自分の情報に書き換えていく方法で、書類をつくります。

A4枚で簡潔に、というアドバイスにしたがって、これだけのものです。

(これは最終的に提出したものではありません)

自分のやってきたことを、アピール用に変換しながら、日本語で文章をつくり、翻訳サイトで英語に変換。変換された英文が訴えたい内容になっていなければ、日本語を作り直す。そして、サポートチームに内容や、英語のレベルをチェックしてもらい、Letterを仕上げます。

 

さて、これらの書類は5月の初めに、オーストリア政府に提出されます。

その反応、結果はいかに。

 

 

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