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ぼーっと出来ない

2020.05.01

こんにちは、新オーナーのふうかです。

(私がオーナーになった経緯はこちら

突然ですが、

私はぼーっとすることが苦手です。
休みの日に家にいることはほとんどなく、
いつも何らかの予定を入れたくなります。

 

最近は、休みの日は出かけられませんが、
かと言って突然ぼーっと出来るようになるわけでもないので
長めにお昼寝をしたり、犬の散歩をする以外は
ほとんどずっとパソコンの前に座って仕事をしている状態です。

 

なぜぼーっとしたいかというと、
「オーナーというのは、
手を忙しなく動かしている状況から一歩引いて
先のことを、広い視野で見ることが大事だ」と
前オーナーに言われたからです。

 

この広い視野というのは、

ぼーっと色々なことを考える時間から

生まれるのではないかと思っています。

 

では、なぜ私がぼーっと出来なくなってしまったか、
というと大学時代の習慣が原因ではないかと思っています。

 

大学時代、私は4年間ヨット部でマネージャーをしていました。

 

その仕事というのは、かなり多岐にわたり、

部員の食事作りや、合宿所周りの草抜き、お布団干しといった、お母さんのようなことをしながら、
モーターボートの運転、レース成績の分析、高校生のスカウトのお手伝いなど、
お母さんでは絶対にしないようなこともします。

 

とても忙しいので、いつも何か作業をしながら「次にしなければならないこと」
あるいは「次に後輩にしてもらうこと」をずーっと考え続けていました。

 

そのおかげで、「効率よく速く動く」「今すべき仕事を見つける」
というような能力は身についたと思います。

 

その一方で、何か手を動かしていないと不安になるので、
手を止めてゆっくりと何かを考える時間というのがうまく作れません。

 

最近、ブログを書き始めて、こんな風に「文字に起こす」作業は、

頭を使わざるを得ないので、考えるきっかけにはなるなと思っています。

 

その代わり、頭を洗いながらブログに書くことを考えていると

どこまで洗ったっけ?となってしまったりはしますが・・・

 

もしかして、これがぼーっと出来ているということでしょうか!?笑

 

とりあえず、ここに載せるかどうかは別として、

メソンのことを文字に起こす時間を作ってみようと思います。

私のこれまで

2020.04.26

こんにちは、新オーナーのふうかです。

 

私がオーナーになった経緯は前回お話ししましたので、

今回は、私のこれまでを少しお話したいと思います。

 

私は、メソンのあるエリア、

大津市の北、琵琶湖と山が両側から迫っているような場所に生まれ、

京都に行くのは「プチ旅行」だと思っていたくらい、

田舎でのんびりと育ちました。

 

ところがそんな田舎者の私は同志社女子中学校に入学し、

そのままエスカレーター式に同志社女子高校、同志社大学へと進みます。

 

大学時代は、

ヨット部のマネージャーとして

真っ黒になりながら忙しくも楽しい生活を送りました。

 

そんな大学在学中に

「メソンを継いでほしい」と両親から手紙を手渡され、

卒業後メソンで働くことが決まり、

約1年間働いて今に至ります。

 

 

前回も書きましたが、

私は両親が話し合って決めたことに対して

そのまま納得してしまうところがあります。

 

例えば、

99%が地元の中学校に進学する小学校にいながら、

「受験したら」と言われたときもすんなり受け入れたし、

大学在学中は、通える距離ながら言われるがままに京都で下宿、

4回生の秋学期、あとは卒論を仕上げるだけというところで

「色々考えたんやけど大学辞める?」と提案された時も

まあいいかと思い、やめるつもりでいました。

(結果的には卒業しました。)

 

前述したように、

メソンを継ぐことも両親から提案されたもので、

私の自発的な強い意志から決まったことではありません。

 

実は、ウィーンへ行くと両親が言い始めたとき、

「メソンを継ぐのをやめて一緒に行く?」

という提案もありました。

 

ですが私はその誘いを断りました。

 

これまでは、両親が私の人生の「最善であろう道」を考え、

用意してくれていましたが、

もうそろそろ私の人生の道は私が決めるべきなんだろうと思ったからです。

 

幸いなことに恵まれた環境で育った私の

かなり遅めの自立ではありますが、

「メソンのオーナーになる」ことは

やっと自分で選んだ初めての道ということになります。

 

とは言いながらも、まだまだ両親がいる間は

頼ってしまいがちな私ですが、

これから宜しくお願いします。

 

 

 

オーナーを交代しました。

2020.04.18

こんにちは、ふうかです。

 

突然ですが、この度、私はオーナーになりました。

 

このブログを読んでおられる方は

2021春。ウィーン移住への記録」を

読んでいただいている方も多いと思いますが、

その中に出てくる「長女」が私です。

 

重複するので簡単に説明すると、

オーナーであった父と母が

ウィーンへ移住することになったので

もともと予定されていた私への

交代が早まった、という経緯です。

 

このブログを使って私が思っていることや

感じていることをお伝えし、

少しでも私のこと、メソンのことを

知ってもらうきっかけになればと思います。

 

 

私自身が一番変わったと思うことは、

すべてが自分事になったということです。

 

去年の春に大学を卒業し、約1年間働いてきた中で、

「数年後にはオーナーになる」ということは頭の片隅にありながらも

どこか他人事だったなということを

最近、初めて気が付きました。

 

例えば、何かを決めるとき、

父と母が話して二人の意見が一致していれば、

深く考えず、「それでいいか」と思うことがほとんどでした。

 

ところが、「今日からオーナーになります。」

と言われた時から、

メソンの周りの物事に対して考え、意見を持つようになった、

と自分では思っています。

(本当は最終決定までしないといけないところですが、

今のところは家族で相談して決めています。)

 

最近再放送している「下町ロケット」というドラマ

(宇宙科学開発機構の研究員だった佃航平が、死んだ父の経営していた中小企業「佃製作所」の社長となり、社員たちと共に奮闘する姿を描く。by Wikipedia)

を見ていると、同じ小さな会社のトップに立つ人間としてなのか、

いつのまにか主人公を応援してしまっている私がいます。笑

 

立場が変わると、メソンの周りどころか

ドラマの中まで自分事になるのだなと驚いています。

 

それはさておき、

これから様々なことに対して、議論を重ねていく中で、

今まで両親がメソンでのことに対して、

どのように考え、向き合ってきたかを知り、

「決める力」を養っていきたいと思います。